見逃せない家具付マンション
息子がテレビゲームのとりこになり、勉強せず、学校も中退しそうで、心配でしかたがない。
自分で自分を傷つけ、相手にもなげやりで、うつになっていく友人に心が痛む。
肺気腫で命も危ないのに、禁煙できないでいる隣人に絶望している。
苦しむ人を心から気の毒だと思うし、いい人になるように育てられているので、私たちは彼らを助けたいと一生懸命になる。
しかし善意と真塾な努力にもかかわらず、潔癖行動はますますエスカレートし、望みはますます遠のく。
そうなるのは、いい人の勘違いによる行動も影響している。
無力感が募るにつれ、その自滅的な習慣と闘う力はしだいにうすれていく。
自滅的な人に対するいい人の勘違いは、彼らを救おうとすることにある。
救済行動はふつう、3つの段階を踏む。
最初は、無意識に問題があることを否定する。
依存症の人の恥を知り、痛みを分かち合うのは耐えがたくて、すべてうまくいくだろうという希望的観測をもつ。
事実を知ったときの最初のショックと失望の瞬間から目をそむけてしまうのだ。
問題に目を向けないわけにはいかないとわかると、これはそんなに深刻な問題ではない、と思おうとする。
深刻さを認めざるをえなくなると、心の中で、あるいは周囲に目をやり、みんなもやっているのだからいいじゃないか、と納得しようとする。
あるいは、解決法などないと思い込む。
この段階でいい人が間違った行動をとると、依存症の人に対して問題行動はないと伝えることになる。
たとえば、彼らの話を心の奥では疑っているのに黙って受け入れる。
自滅的なふるまいについて気づいていて、黙っていることも、話題にしない。
心は無限の自己欺職が可能だという。
人は目の上に厚い毛布をかけ、見たくないものは見ないようにできる。
愛する人たちの自滅的行動を見ようとしないのもその表れだ。
それは皮肉にも、依存症の人の重大な問題を否定するだけでなく、自分をも欺くことになる。
依存症の人を問題から救おうとしているのに、その問題の存在を否定しているのだから。
勇気を出して相手の問題を心配していると熱心に言っても、聞く耳をもたなかったり、怒られたりする場合もある。
そうなると、心配するほうは救おうとしてもむだだとか、勝手にしろ、という気になるかもしれない。
自分の知識不足や力不足を認識して、気後れする人もいるだろう。
問題に直面するのを恐れるだけでなく、失敗の恐れも手伝って、ますます問題を直視しようとしなくなるのだ。
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